代表取締役社長 吉田隆志からのごあいさつ


「ガス器具をとおして、人の生活に、心の豊かさに貢献したい」
「しっかりと吟味できる目をもって、一流の住宅設備機器を提供することに邁進したい」
「人と人のふれ合い、つながりがあってこそ『商い』であり、商品と心を連携させて、信頼の絆を大切にしたい」
この創業の原点のもと、社員一同ひたむきに、住設機器卸販売業を中心に防災・保険・熱源の事業に取り組んでおります。
卸売業としての弊社は、ご販売店様、仕入先メーカー様と「巴」のごとくしっかりと力をあわせて、さらにユーザー様も含めまして、「共に栄」ますよう努めてまいります。弊社では、これを「トモエ」の精神と称して、企業理念としております。
住宅設備業界では、ガス・石油・電気・水・大気そして太陽など利用する地球資源の変化に対応して、住宅設備機器も進化を続けています。と同時に、私達の幸せへの願いが、製造メーカーに影響してよりよい製品へと向かう大きな力となっております。
この時代の流れを捉え、「より資源効率がよく、又より効率的な組合せで、さらにより快適な生活を、また安全安心をお届けする」役割の一翼を、少しでも果たせますよう精進する所存でございます。
創業以来50年をこえました今日、創業の原点・企業理念を大切に、さらに次の時代をめざし、未来へ進んでまいります。
会社概要
創業 | 昭和36年 |
設立 | 昭和42年5月 |
資本金 | 4,800万円 |
代表者 | 代表取締役 吉田隆志 |
従業員数 | 25名 |
事業内容 | ガス器具、住宅設備機器、空調機器、防災設備機器、電化製品、プロパンガス販売 |
主要取引銀行 | 第四北越銀行、新潟大栄信用組合 |

沿革
昭和36年 | プロパンガス販売を(株)町田金物ガス部として歩み出す。 |
昭和36年 9月16日 | 第二室戸台風で一瞬にして家が全壊する。 |
昭和37年 | 吉田仁志商店発足、新しい事務所完成。 日通商事特約店となる、資本金250万円 |
昭和40年 | 日立化成工業(株)、(株)パロマの代理店となる。 本町通りに土地を購入、いづれ本町通りに進出の夢に燃える。 |
昭和42年 5月1日 | 個人から会社組織、名称を株式会社ヨシダとする。資本金250万円 分水プロパン(株)設立 |
昭和43年 8月15日 | 夢にまで見た本町にヨシダリビングセンター建設始まる。 (株)ヨシダ日立化成会発足、毎年2月1日に弥彦神社に参拝し、お互いの健康、繁栄を祈る。 (株)ヨシダ管工部設立、分水町(現燕市)水道ガス指定工場店7号となる。 |
昭和44年 | ヨシダリビングセンター完成。 完成を記念して分水町(現燕市)に消火器100本を寄贈。 |
昭和46年 8月15日 | 本社屋の建設始まる。 完成を記念して分水町(現燕市)に消火器100本を寄贈。 |
昭和48年 7月20日 | 本社倉庫完成。 完成を記念して分水町(現燕市)に大型業務用掃除機を寄贈。 |
昭和52年 2月1日 | 後日語り草となった吹雪の中の(株)ヨシダ日立化成会弥彦神社参拝では、前日からの猛吹雪のため開会があやぶまれたが、全員に電報を打って参会を呼びかけ、大勢の方々が意気に感じて参集くださいました。 |
昭和56年 | 「県都新潟」に新潟営業所、待望の新築。資本金4,000万円に増資。 |
昭和58年 | (株)ヨシダ一ノ山倉庫新設。資本金4,800万円に増資。 創業20年を迎える。 |
昭和62年 5月1日 | 管工部を分離して(株)ヨシダ設備が設立された。 |
平成2年 | 中越地域の拠点となる長岡市に、長岡営業所を開設。 |
平成8年 | 会社設立30年、創業35周年を迎え記念式典を開催。 |
平成10年 | 巻税務署より「優良法人」の表彰 分水町(現燕市)の防災の一助に“子供用ハッピ”300枚寄贈。 新潟営業所事務所新築落成式(100坪) |
平成11年 | 三菱電機(株)代理店になる。エアコン年間1200台販売。 |
平成13年 | 「防災部」新設。火災報知器の総点検実施。 |
平成14年 | 販売仕入在庫管理システムを導入し、各営業所をオンラインで結ぶ。 |
平成15年 | 新エネルギー対策として、初めて太陽光発電システムの販売を行う。 |
平成16年 | 7・13水害、続いて当社長岡営業所も被害を受けた10.23中越地震の震災からの復興のなか、あらためて住宅設備機器を取り扱わせて頂いている重要性を認識する。 |
平成18年 | 会社設立40年、創業45年を迎える。 |
平成25年 | 本社住設部を新設。 |
平成28年 | 会社設立50年を迎え、さらに生活設備機器、安心安全サービス提供の総合的商社を目指す。 |